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御神忌法要に出仕

去る2月24日、太宰府天満宮では「菅原道真公御神忌法要」が厳修されました。

今年の担当は、天台宗九州西教区肥前東部ということで、私も出仕致しました。

はるばる京都より「曼珠院門跡藤 光賢ご門主」も天満宮にお出で下さって、調声(導師)をお勤めになりました。

法要は「法華懺法」です。参道から拝殿に入るまでの入堂・出堂の行道では、大勢の参拝者が、カメラ・スマートフォン撮影のフラッシュで迎えてくださいました。

冒頭の写真は、今回の法要の模様です。太宰府天満宮の神官「藤田様」よりご提供いただきました。

この度の御神前法要は、神様と仏様のささやかなおつきあいでしたが、得難きご法縁をいただきました。ご縁に感謝致します。

菅原道真公御神忌法要につきまして

この法要は、平成16年から毎年「菅原道真公」のご命日である2月25日を中心に毎年1回、開催されておりますが、今年で14回目となりました。
天台宗九州西教区の寺院が交代で勤めており、私が、前回、このご法要に参加させていただいたのは、平成23年でございました。

それがご縁で、平成23年8月、私がお座主様のご指名により「戸津説法」を勤仕させていただいた折は、天満宮様からも中日の23日、40名あまりのご信者を引率して神官さまが、福岡から(滋賀県大津市琵琶湖湖畔に近い東南寺まで)はるばるご聴聞くださいました。

御神忌法要の由来

ご神前法要は、平成14年に開催された「太宰府天満宮一千百年御神忌」を契機として始められた法要です。

その頃を思い出しますと、年の始めに、「太宰府天満宮」から大興善寺に担当の神官様がお見えになり、『明治維新の折、大興善寺にお移し申し上げた「本地仏十一面観世音菩薩・脇士不動明王・毘沙門天の三像」にお帰りを願って、天満宮で仏教法要を勤修していただきたい』というお申し出がございました。それが、そもそものスタートです。

大興善寺と太宰府天満宮のご縁から

現在では、「太宰府天満宮」として著名な神社も、明治維新の以前の神仏習合の時代は、「天源山安楽寺天満宮」と称する天台宗の寺院でした。お宮になった時の明治2年、いちばん大切な本地仏の三尊が大興善寺に移されました。そのようなことで、大興善寺に「天満宮」様からの要請があった次第です。

当時、私は、天台宗九州西教区宗務所長という役にありましたので、この法要を九州西教区でお引き受けをする、ということで教区に図り、その結果、教区を挙げて全寺院総出仕という形で、無事円成しました。

そして、このご縁を契機に、永続的に神仏の交流を継続しようという機運が盛り上がり、今なお続いているのが、この「御神忌法要」であります。

比叡山宗教サミットへの思い

今年は、昭和62年8月、山田恵諦天台座主のご提唱で始められた「比叡山世界宗教サミット」の30周年を迎える記念すべき年です。

日本の宗教が一つになって受け入れを図り、世界中から各宗教の代表者をお招きして世界平和への祈りを捧げていただくという趣旨で、準備が進められていると聞いております。

私も、元気を継続して、是非、比叡山に参りたいと思っております。

大興善寺の近況

3月1日は、三千院の堀沢ご門主の講演が、午後2時から、鳥栖「サンメッセ」で行われました。

3月2日は、フォトコンテストの表彰式を基山町民会館で実施となりました。

今週は、開創1300年祭の看板が、山門にあがる予定です。

今年の春から初夏の観光シーズンは、1300年祭と合わせた行事として企画し、ポスター・チラシにも、1300年祭の行事を掲載して、盛上げをはかっております。