大興善寺では、4月中旬から始まる「つつじの開花シーズン」の準備が着々と進んでおります。

園内作業に携わる近所の作業員さんは、後期高齢者に近いご年配の方を含めて、高齢者がほとんど。

将来を案じておりましたところ、今年は、比較的若い方が助力してくださることになり、幾分、光明が見えてきました。

木こりさん来訪

契園でのお仕事。高い樹木の枝打ち、そして大木の伐採作業も欠かせません。

それは、専門の職人さんでないと無理な作業ですから、信頼のおける「木こりさん」に依頼することになります。

ですが、その木こりさんも、今や希少価値。いつでも直ちに駆けつけてくださるわけにはまいりません。

3月に入り、ようやく大興善寺の契園にお出でいただき、作業開始となりました。

30年来という長いお付き合いの木こりさんは、久留米市高良内という市街地から耳納連山に入ったあたりの方。

いつも3人から4人のチームを組んで作業をされていて、それはもう丁寧な仕事運びです。

木こりさんの作業風景

高いところで作業

木登りも10メートル程までは、はしごで登ります。

さらに上へは、先端にロープを引っ掛けた長い竹の棒で、高枝にロープを引っ掛け、しっかりと結びつけた後、そのロープを頼りにさらに高い位置まで登ることになります。

堅実な作業準備が、プロ中のプロたるところ。

実際、チェーンソーを使って木の枝を切り落とすまでは、随分と時間を要します。

いったん木の上での作業が始まれば、区切りがつくまでは、地上に戻らず、連続して作業を続けることになります。

この光景を目にするたびに思い出すのは、徒然草のくだり。

「高名の木登りといはれしおのこ 」

です。

写真は作業の途中。この大木は伐採され、ずいぶんと周囲が明るくなりました。

つつじの寺としてまもなく100年

茂った大樹は、野鳥の格好の宿り木で、小鳥のさえずりが、心地よい演出をしてくれます。

いっぽうで、大興善寺が「つつじ寺」である間は、共存できない存在でもあります。

大樹が日光を遮るあたりは、つつじに花芽がつかぬという近年の惨状。

「つつじ寺」であるために、やむをえぬ決断をすることになりました。

木こりさん達のお陰もありまして、 大木の伐採、枝の間引きがはかどり、園内の光量が大きく増すことになりました。

今年はつつじの開花が、いい塩梅に進んでいくのではと、期待しております。

先日、大興善寺ファンのアマチュア写真家Tさんから

「紅葉の名所はいっぱいあるが、ツツジの名所は近所ではここだけですよ。頑張ってきれいな花を咲かせてください」

と励ましのお言葉をいただきました。

先代がつつじの植栽を始めてから、あと数年で100年に達します。

契園(旧つつじ園)の開園が大正12年。当時は、自動車などは走っておらず、苗の運搬などもままならない時代ではなかったでしょうか。

その頃より、少しづつ植栽が行われ、 大戦の時代を挟むなどの紆余曲折を繰り返しながらも、戦後の復興期に「つつじ寺」の称号を頂くことになりました。

昭和の最盛期には、つつじによる「山を覆うような百花繚乱」が展開するに至り、名実ともに「つつじ寺」の評判を頂くことになりました。

現在は、その「つつじ寺」のイメージ以上に、紅葉の名所としての知名度が高くなってきたように実感しております。

そして、21世紀に入ってからは、つつじの花咲く時期イコール、もみじの新緑も大変美しい時期にもなりました。

近年の大興善寺は、当事者といたしましても、「つつじ寺」よりも「もみじ寺」の名称がふさわしいようにさえ思えてなりません。

とはいいましても、つつじの花は、大興善寺のシンボル。そしてひとつの伝統です。

契園は、先代住職が、心血を注いで築き上げた、つつじの公園に源を発します。

そして今年は、大興善寺開創1300年という記念の年。「つつじ寺」の名称をいただいて丁度60年です。

例年以上に、絢爛豪華なつつじの美観が頂けたら、花々との触れ合いで安らいでいただいたらと、「人事を尽くして天命を待つ」ばかりです。