ブログのコメントを通して「寺の活性化の第一は檀徒を増やすことではないでしょうか」という提言をいただきました。
このことについて、感じる所を述べたいと思います。
大興善寺は、昭和30年代までは、ほぼ30軒の檀家でしたが、現在は倍増したといっても、少ない檀家であることには変わりはありません。
大興善寺は祈願寺を標榜していた関係で、周囲の方からも、葬儀をお願いするという発想はなかったようです。
今は、お寺にお参りなさる方から、「お葬式をお願いしたい」というように変わりつつあります。家の宗派というだけで、何のかかわりもない見知らぬお坊さんに最後の送りをしていただくより、身近に接して気心の知れた僧侶に、生きている時を偲び、気持ちのこもった葬式をしてほしいと願うのは、身勝手でしょうか。
納骨堂がありますので、ご加入の問い合わせも、ボツボツあっています。
鳴り物入りで葬式のPRをしているわけでもなく、納骨堂にしても、積極的に加入者の募集はしておりません。
つつじや紅葉のPRは積極的にやっていますが、こと檀徒増加となればそういうわけには参りません。
大興善寺にお参りくださる方は、檀家だけでなく、お観音様のご信仰ということで他の「天台宗寺院」はじめ「浄土真宗」「浄土宗」「禅宗」などのお寺に属しておられる方もいっぱいです。他の寺院との関係は、奪い合いではなく共存共栄です。
祈願の寺としてお参りを勧めることはできても、ご先祖の供養は、先祖代々のお寺を
大切にしていただくことをお願いしております。
それでも、時代の流れは、家の宗教から個人の宗教に変わりつつあります。新しい時代にどう対処するのか。葬式に僧侶の出る幕がなくなることも、現実のものになっていく方向です。私は、個人的には、葬式という儀式の尊厳性を重視し、葬儀の執行者の役割を、しっかり自覚して、故人の最後の別れにふさわしい儀式を執行することに努力しなければ、寺の明日はないのではないかとの危機感を持っております。
自分の寺だけの発想ではなく、他の宗派の皆様とも力を合わせて、葬式にお経が必要だということを、声を大にして発言しなければなりません。仏教を家庭にどう根付かせるか、宗派を超えて連帯と協力をしなければならない時だと思います。
一人の僧侶として、一つの提言をさせていただき、皆さんのご意見をいただきたく存じます。