3年前のブログでも、同じテーマで書いておりますが(平成18年1月9日 常行寺さん本葬に随喜)あの時は、大石亮哲住職でしたが、今日の本葬は、そのご子息の正見住職で、昭和21年生まれ、62歳の生涯。今からが住職としての本格的なご活躍が期待されていただけに、参列者等しく、早すぎた御遷化に惜別の思いひとしおでした。ご子息は成人して、お勤めになっておられるようで、法務の方は、差し支えなく
進められると思いますが、9日に入院されやがて人事不省に陥り、何もいわずに他界されたよし。

門徒喪にて執り行われた今日の本葬、小雨の中を大勢の会葬者でごったがえしておりました。

法中代表の弔辞に「何もいわずにお浄土にいかれたのは、何の言葉も要らぬ、ただお念仏せよとの思し召しと受け止め、ご冥福を祈ります」と述べておられた言葉が、浄土真宗らしいお別れの言葉として、心に残りました。

周りから、一人一人、縁ある人が消えていくことは寂しいことです。これも、生きているから遭わねばならぬ「苦」の一つでしょうか。