随分、以前のことですが、昭和56年3月、神埼町(今は神埼市)の尾崎地区に伝わる「尾崎人形」で大興善寺のお土産を作りませんか、という提案を受けました。今は亡き「仁比山 地蔵院 角 玄敬師」に伴われて、人形制作師「伊藤征隆さん」がお寺にお出でになりました。当時は30歳代後半とお見受けしました。伊藤さんは「神埼の尾崎地区に伝わる、素朴な土鈴の味わいを活かし、地域の特産品として世に広めたい」というお気持ちでした。
「大興善寺のお土産として、つつじ観賞のお客さんに買っていただいたら、どちらにも大きなメリットがありますよ。」地蔵院さんは熱心PRを展開され、その結果、一度に大量の土鈴を抱え込むことになりました。
それでも、初めの年昭和56年は、新聞でも紹介され、広場で露店を開いていた方の応援もあって、いくらか売れました。
あれから20年も経過した頃でしょうか、神埼町の仁比山地区の方がご参拝になって、「懐かしかー。まーだ、この人形が残っておりますか。」
と言われますので、よく事情をお聞きしたら、仁比山の方では、20年前、大量の注文を受けたので、近所の方も動員して人形制作に大童であったというご報告。
これにもびっくりしましたが、下の写真の、いちばん端の土鈴が話題の土鈴です。その時以来、一緒に「伊藤工房」制作の赤と青の鬼面の土鈴も並べて、お札授与所の中に置いております。30年近くなりますが、思い出したように、この土鈴を受ける方がいらっしゃいます。

ところが、今年3月頃、土鈴を受ける方がおられて「これは、以前、神埼で窯を開いておられた、伊藤さんの作品でしょう。伊藤さんの物は、他にもいくつか持っています。もう、この窯は、なくなったので、よそには、伊藤さんの土鈴は、なかですよ。今は、伊藤さんは、柳川で『蒲池窯』の名で、お茶の道具を作られておられます。」
という、お話をされて帰られました。

今日、このことをふと思い出して、インターネットで調べて見ましたら、ありました。「伊藤征隆さん」は、昭和48年、柳川立花藩の御用窯である「蒲池窯」を復興したとあり、「風炉」「灰器」などお茶席で用いる道具を製作されております。かなり評価の高い陶芸家としてご活躍です。もう、10年以上も会っておりませんが、今日、本堂前のお札授与所の土鈴を見て、記した次第です。

左端のつつじの花をあしらった土鈴は、大興善寺ならではのものです。
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