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中村勝俊師、3月17日数え年79歳でご遷化されました。小城市岩蔵寺名誉住職でお元気な頃は、教区布教師会会長を歴任されました。19日の本葬には、弔辞を読ませていただきました。18日お通夜にお参りして、お別れの言葉を言わずにはおられない気持ちになりましたので、ご了解を得て、思い出の一端をのべ、40年以上にわたり、ご恩顧を賜った御礼を申し上げました。
金剛慈心院大僧正勝俊大和尚 の本葬は 京都曼殊院門跡 藤 光賢ご門主 大導師 のもと光明供を以って厳かに勤修されました。檀信徒はじめ、地元の方が大勢ご会葬なさっておりましたが、福岡、佐賀、長崎、熊本の4県にまたがる教区内の寺院からも多くの参拝がありました。

幅広い大きな包容力ですべを包み込む人情味あるれるお人柄が、師の持ち味で、努力家で何事にも一生懸命になられるお方でした。

別当坊が師の生まれ育たれたお寺でしたが、本堂が消失した岩蔵寺住職として赴任し、見事、復興を遂げられたことは、師の残された最大の業績です。機関車のような行動力実行力は、すべての面に発揮されております。物事を作り上げる立場でご意見を出されておりました。

昭和40年代、私も中村大僧正も共に30歳代でした。「一隅を照らす運動」の大会を企画し運営し、あの頃は手探りで、無我夢中頑張っておりました。「九州に仏教青年会を立ち上げよう」という運動にも最初から携わりました。

そのようなことを思っておりますと、矢も盾もたまらずお別れと御礼が申し上げたくなりました。

「つつじ寺ブログ」には訃報が多い。という声も届きますが、年のせいか身につまされることが多く、何か残したいという気分です。なにとぞご宥恕下さい。