大興善寺では、行事として年3回の護摩祈祷の法要を勤修しておりますが、10月1日の護摩供は「息災護摩祈祷」です。物心ついて70年。子供の頃からこの行事の成り行きを見ておりますが、以前は、博多や飯塚など、遠来の信者さんたちは、泊まりがけの参拝でした。そして、ご祈祷の行事そのものも3日間にわたり勤修されており、2日も、3日も滞在なさって、ゆっくりお参りになっておりました。

戦後の食糧難の時代は、家族連れでのご参拝も多く、ご飯のお接待が何よりのご利益といったこともありました。皆さん、基山駅から4キロの道を歩いてご参拝です。汽車の切符が手に入りにくい場合は、急行電車(当時は西鉄大牟田線をこのように言っておりました)の「大保」「三沢」駅から6キロの道のりを2時間近くかかってのご参拝です。

こんな時代があったなど、とうてい考えられないような昔話ですが、あの頃は、信仰も、もっと単純でした。
「戦場で弾が当たらず無事に帰れたのも、お観音さまのおかげです」「空襲で家は焼けたが、お陰をいただき、体は無事でした」など、素朴な感じで感謝を捧げ、お米のご飯をいただいてお腹をふくらませ、護摩祈祷のお札を受け、また遠路を、時間をかけてお帰りになっておりました。 

あの頃、祖父母や両親に連れられてご参拝の子供さんも、70歳を超えたご年配です。核家族で、このような昔話が子供や孫に伝わらないのは、寂しい限りです。もう臨時バスを用意しても、バスや地下鉄を乗り継いで博多駅に行き、それからJRの電車に乗り、基山駅で降りて、それからの臨時バスに乗るだけの元気を持った方も少なくなりました。

ご祈祷は11時からですから、10時を過ぎると、それぞれの車で集まってこられ、ご祈祷のお加持が終わり、お食事が終われば、お札をいただいてお帰りになる。1時30分頃には、お寺は、お加勢の人だけになります。

これが、昨今の状態です。

子供の頃から比べれば、ご参拝の方は、比較にならないくらい多くなっておりますし、それなりに活気はありますが、すっかり、変わってしまいました。

以前は、宗派にかかわりなく、また、仏教徒ということでもなく、天理教の方でもPLの方でも、大興善寺へはフランクに出入りなさっておりました。それが、何かしら、この頃、ぎこちなくなっている気配を感じます。

日本では、神棚があり仏壇があり、神仏習合が習わしでしたし、地域のお祭は、たいていお宮さんの行事の延長であります。

今回の、私の戸津説法にしましても、太宰府天満宮さんの呼びかけで「太宰府ガイドの会」の皆さんに、大勢聴聞を賜りましたし、九州49院薬師霊場会や九州33観音霊場会から、他宗派のご寺院や教団のご支援も賜りました。

それぞれの信仰を認め、敬意をはらい、ともに繁栄をすることを目指して、切磋琢磨して向上をめざすことこそ大切だと思います。

「他所にはお参りするな」とか「祈願は無意味だ」とか、奈良平安鎌倉時代からずっと継承された日本の精神文化を無視した、無神論にも通じる言動を聞くにつれ、私たちは、日常の教化活動にもっと力を注がねばならないとの思いにもかられております。



随分、回りくどいお話になりましたが、10月1日 息災護摩祈祷は、11時と14時の2回、勤修します。ご祈祷の前には、10分から15分程度、住職がお話を致します。

参拝に予約は不要です。どなたもご参拝ください。