昨日は、11月23日に106歳のご高齢でお亡くなりになった久光製薬前会長「中冨正義氏」の社葬が、福岡市のホテルニューオータニで行われましたのでお参りさせていただきました。中冨氏


氏には、昭和30年代より大興善寺奉賛会会長をお願いしており、またつつじ公園拡張の折は、協賛会会長としてご支援を賜わりました。それから、ずっと50年にわたり暖かくご指導いただいた大興善寺にとって大恩人の社長さんでした。つつじ園開園式にはいつもご参列を賜り、テープカットをお願いするのが慣例でした。平成21年4月17日にはご出席いただき、契山観音にもお参りいただき、開園式にはご挨拶を頂いております。あの時のご挨拶は、
「久光製薬」も発足当時は、わずか数人の小さな会社だったが、みんなの努力で今日の姿がある。大興善寺のつつじ公園にしても、先代住職が無から出発をされ、これを今日まで育ててこられた、長い間のご労苦を称えます。
といった趣旨のお話でした。

あれが、最後のご訪問でした。

先代住職は、この度お亡くなりになった「中冨正義氏」のご加護を頂いておりましたが、私の方は、引き続きご子息である現社長「中冨博隆氏」にもご交誼を賜り、今日に至っております。夏の戸津説法の折も、真っ先に祝電をいただきました。
12月9日に行われた、久光製薬物故者の慰霊祭に於いては、亡き会長のご功績に御礼を申し上げる機会をいただき、いささかの思い出をお話ししました。

社長さんは、前会長があまりにも長生きをされたので、「一緒に活動した同輩も少なくなり、身近な知り合いがなく寂しい」とおっしゃっておりましたが、昨日の社葬には、全国からお集まりの1500人を超える大勢の会葬者でごった返し、大ホールである「鶴の間」いっぱいに並べられた椅子も、参列者でうまっておりました。私の知った地元の方も随分おられました。(平成6年12月18日 大興善寺法嗣の結婚披露宴をこの会場で挙行したことを思い出し、あの時は、亡き会長さんにご祝辞をいただきました。今にして思えば、これも深いご縁です。)

一つの時代が終わったという寂寥感はあるものの、過去を踏まえ、未来を見据えて、現在に飛躍される「久光製薬」の躍進の姿をまざまざと実感しました。亡き会長さまも、冥界からエールを送っておられると確信します。謹んでご冥福をお祈りします。