近頃、訃報に接することが多くなりました。身近に顔を合わせていた人が、あっけなく冥界入りをされるのは,いかに無常は人の世の定めとはいえ、寂しいものです。しかも、近頃は、私より若い方の訃報が続いております。「濱中前宗務総長」にしても、大牟田普光寺「中川原秀人前住職」にしても、まだ、70歳代前半。ご生前、宗務の役目で密接な関わりを持った方ですから、滅入りたい気持ちも一入です。

また、ここ数日の間に、たて続けに対馬普門寺「安藤徳明師」、佐賀法性院「法泉法隆師」と60歳代のご住職が御遷化なさいました。お寺に穴が開いて、結局、寺院活動に支障が出てくるのではと憂慮します。
お寺を取り巻く事情も、厳しくなってきましたので、寺の活動にいくらかでも差支えが出れば、ここから、綻びを生じることにも繋がります。普門寺さんの場合、醴泉院というお父上が住職をなさっていた寺の仕事もなさっていただけに、大変だと存じます。

周りのお寺さんでサポートできれば幸いですが、「檀家」ではなく「信者さん」を中心としたお寺の場合は、他の人では代理がきかない人間関係がおおきなウエイトを占めますので、なおさら将来の護持に不安が生じていきます。法性院の場合にしても、亡き先代住職の時代とは随分異なった状態の中で寺院を支えておられていたと思います。近隣の寺の、どなたかが担当してお世話をなさなければならないと思うのですが、それとて、大きな荷を背負う事になります。

田舎の寺を継続させる道が年々厳しくなって行くことを考える時、地方の寺で、寺を預かる僧侶の使命は重大ですが、農家の後継者と似たような境遇にあるような気も致します。意欲的に地域のためにいろんな役を買って出て奉仕的な生き方をなさっておられる方もおありですが、寺を護持するための経済的な基盤となれば、何らかの生活の糧を求めて、兼業に道を求めていくこともやむなしでしょうか。

「亡き人を偲ぶ」と題して書くつもりが、いつの間にか将来への不安へと視点がねじれてしまいました。

厳しい条件のもと、寺を護持し、従来の伝統を守って一生懸命に精進努力されてきた亡きご住職のご辛苦を偲ぶとともに、今後の事を考えると、「寺の伽藍は残っても宗教的活動が展開できるか」など将来を見据えた寺院の在り方を求めていかねばとの思いも募るばかりです。

「道心の中に衣食(えじき)あり」と説かれた、「宗祖伝教大師」のみ心を、どのように活かしていったらよいか、心をむなしくして、仏さまにおすがりするばかりです。