新規スキャン-20130830233215-00001昨日は、7月28日世寿75歳でご遷化になった「濱中前宗務総長」本葬に参列し、ご自坊である滋賀県の湖東三山の一つ「金剛輪寺」に参詣し、ご仏前にお焼香をたむけ生前のご芳情を謝し、ながのお暇を致して参りました。

寺は、ご会葬参列者であふれておりました。地域の方もいっぱいでありましたが、天台宗寺院関係者も、全国から大勢駆けつけておられました。

湖東三山といえば、全国的に高名の紅葉の名所で、「金剛輪寺」もその一つとして広く知られておりますが、そのご住職である「濱中光礼師」については、平成10年宗議会議員となって宗政の表舞台に登場されるまでは、失礼ながらあまり存じ上げておりませんでした。平成5年頃、比叡山にお参りをした折、「金剛輪寺」さまにも参拝をした記憶があり、その時は、亡き「光礼師」のご師僧である「光永師」がご健在で、わざわざバスまでお出でいただき見送ってくださったという思い出はありますが、私の亡き師僧「神原玄祐」とのご縁で、ご丁重に歓迎してくださったものでした。その「濱中師」が議員3期目の中途で宗務総長に推され、3人立候補の選挙戦を制して、見事当選なさり、4年の任期を全うされるということになりました。その当時、私は天台宗宗務所長会の会長で、役職の関係で頻繁にお顔を合わせることになりましたが、誠実に対応していただいたこと、しっかりした信念で着実に実績を積まれているという印象を持っておりました。特筆すべきは、前内局より「開宗1200年大法会」の大事業を受け継いで、見事円成なったという大きな功績です。任は終えられても、重鎮としてお力を頂きたいという思いは、誰しもでありますが、宗門でのご活躍の根底には、いろいろの立場で地域社会に於いて実績をつまれた豊富な経験があり、素晴らしい人格の輝きがありました。

寺門の興隆についても、並々ならぬご功績が披露されておりました。

今日の葬儀で、地元の町長さんが読まれた弔辞の「もっと長生きして、お力を発揮していただきたかった。30年元気でいて欲しかったのに、残念でなりません。」ということばは、会葬者等しく感じる心情でありましたが、宗門の役職以上に、教育委員長、観光協会会長、児童民生委員会会長はじめ、地域での重要な役職を長年にわたってつとめられ、全国に著名な「湖東三山」を生み出した功績など、得難い人を失ったという惜別の情が滲んでおりました。http://blogs.yahoo.co.jp/

「金剛華院大僧正光礼大和尚」の本葬に参列して、師の偉大さに打たれました。ご冥福を祈ってやみません。