日本では、家毎に神棚と仏壇があり、日常的に、神仏との関わりが生活に溶け込み、家庭の中で、神棚と仏壇は神聖な場所として崇められておりました。そして近隣の地域社会では、神社やお寺の行事には、当然のようにこぞって参加しておりました。これは、農村でも、商業住宅地域である都会でも、規模の大小はあっても、生活の中の一こまでありました。

しかしながら、今日では、若い人たちが、農村を離れて都会に集中し、農業を中心とした村々の構成が大きく変わってしまいました。その結果、豊年満作を祈る氏神さまのお祭りも、日常的に護持し続け、祭礼には神輿を担ぐといった氏子のメンバーが弱体化し護持継続することに大変なご苦労をなさっております。文化財の伝統芸能で維持できるところは、どうにか形だけは継続できても、村を挙げてのお祝いで、いっぱい親戚縁者もつどって、甘酒赤飯で祝うなど、生活に融け込んだお祭り風景が昔物語になってしまいました。

村の鎮守の神様の今日はめでたいお祭日
ドンドンヒャララ ドンヒャララ ドンドンヒャララ ドンヒャララ
朝から賑わう宮の森

この唱歌は、どこにもある一般的な日本の情景でありました。ワクワクする喜びがあふれております。昭和も遠くなってしまいました。

思い起こせば、昭和30年40年代までは、大きな祭礼も何もない田舎の氏神様のおくんちでも、親戚の皆さんが集まって、酒酌み交わし賑やかな歓談が繰り広げられておりました。当地では、昭和30年9月ごろから開通した路線バスでしたが、いつも閑散としたバスが、おくんちの10月9日、この日ばかりはビッシリ超満員だった事を思い出しております。もう、50年60年も昔の話です。その頃は、40戸あまりの村落の大部分は農家、あるいは兼業農家で農業との関わりが濃厚でしたから、豊作や風止めの祈願をお宮で行えば、こぞって参拝していただいておりましたが、今は、実際に耕作をなさっているところは半数もありません。毎年、家毎にお宮に奉納する御供米も、自分の田んぼで収穫した新米ではなく、スーパーで求めたものも出てくる状態で、農村という共同社会が、やっと形だけ残っているという感は否めません。
それでも、村に残った人々の努力によって、氏神様の祭礼が継続している事は、賞賛さるべきで、やはり伝統を伝承する昔ながらの精神が、遺伝子として伝えられている有り様を目の当たりにします。


話は変わって、「実家での葬式ができない」「後が絶えて誰も先祖の供養をする者がいない」など、最近寄せられる先祖供養についての相談は、今後のお寺のあり方とも関連する問題を提起しております。 

田舎の家が空き家になり、それぞれの子供が、皆、他所で一家を構えているとケースが増えております。「如何にして仏壇を守り、先祖の供養を継承するか。」 これがお寺の存亡にもかかわる大問題です。
家業である農業を継承し、先祖伝来の家に住み、両親と同居するのが当然であった従来通りの生き方であれば、何も悩むことはないのですが、実情は、複雑です。

一人暮らしのお年寄りが、家を離れて違う所に住む子供さんの家に移ると、そこで葬式が行われ、昔なじみの近所の人にしてみれば、親しくしていた方が、知らない間に亡くなっておられた、ということになります。遺族の方では、遠いところまでご足労をかけるのが申し訳ないということで、連絡を遠慮されるということもあります。

そのことは、昔から親しんできたお寺との縁が薄れ、旦那寺を頼ることも継承されなくなってしまいそうです。
葬儀社さんの主導で、葬祭は滞り無く出来るのですが、昔ながらの、旦那寺の和尚さんによって、故人を亡き人の遺徳を讃え、親族や近隣の方々、馴染みの付き合いの知友など、大勢でお別れをして、故人の冥福を祈るお葬式がなくなりそうで、心配をしております。離れたところにある菩提寺を頼らなくなり、喪主となる息子さんと面識がないなどで、適当に近くの寺に葬儀を依頼する、という結果になりそうです。

仏教はお釈迦さまの教えによって成立した世界宗教であります。「すべての人は、皆、仏になれる」という大原則を共通の地盤としておりますが、「どのようにして仏になるか」については、宗派によって特徴があります。
そこでご宗旨の違いがあり、ご仏壇にお祀りする仏さま(本尊)も異なります。
阿弥陀さまであったり、お釈迦さまであったり、あるいは大日如来であったり、あるいは、曼荼羅を以って本尊とする宗派もあります。どの仏さまを頼りにして、どういう方法で仏さまになるかによって宗派の違いがあるのですから、お葬式にしても、ただ、お坊さんであればいいというわけではありません。
そこに、こだわっていただき、先祖伝来の宗派(自分の信じる宗派)にお葬式を頼むというのが、大原則でありましたが、近頃、自分の家が何宗であったかをご存知ない方も多いと聞きます。ご親戚に聞いて、宗派を初めて知ったというご家庭もあると聞きます。それも、できないご家庭もおありのようです。このような事で、宗派へのこだわりが希薄になっているようです。

これも、お寺の日常活動が不十分で、もっと、しっかり教化活動に励まなければなりませんが、これも、宗派によって、どこにウエイトを置くかの違いがあります。
我が天台宗にしてみれば、『伝教大師さまのお言葉「一隅を照らす」を中心に、仏さまの心を自分の心として、日常の様々な活動全てに活かし、日常的に、浄仏国土の実現に努力する』という事で参りますし、先祖供養だけでなく祈願中心の寺も多いわけですから、「浄土への思い」は、寺の立場からは切実であっても、日常教化活動の中心とは、なりにくいようです。
まして、祈願対象の信者さん方は、天台宗の檀信徒だけでなく、他宗派の方々も大勢おられますので、檀家対象の布教と、信者さん一般参詣者対象の布教では、大きく異なります。

そのような事を総合しますと、日常活動の不十分さが原因となっていることも多いようですが、寺の立場からは、難しいところです。

いろいろの方と接し、お話をお聞きしたり申し上げたりという交流の中で感じますことは、お寺の将来への展望に悲観的な側面はあっても、私たち僧侶より、一般の皆さんが、真剣に先祖供養のことや信仰について考えていらっしゃることを痛感します。それが、それに応えてくれないお寺側への批判めいた言動へも発展しそうでますが、「お寺に何を求めていらっしゃるか」に耳を傾け、その願いを実現するため、共に手を取り合って進んで行こうという努力が大切だと感じております。そこが、教化の出発点のような気がします。

十分論点を絞れず、まとまった論旨には程遠いのですが、感じたことを列記して、久しぶりの「つつじ寺説法」とします。